マダムとギャルソン

Photo by:Reinante El Pintor de Fuego
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語学学校に通い始めて1ヵ月くらいの時、帰りのバス停にいつも居るマダム。
毎日余裕の無い私にマダムはいつも笑って話しかけてくれていた。

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プロローグ

語学学校は辛かった。でも行きたくないと思うことは不思議に無かった。

家に帰れば寝る時間まで一人でもくもくと勉強していたけど、やってもやっても先が見えない。

毎日毎日・・・・同じことを覚えられない自分のバカさに落ち込んで、座っている地元のフランス人達と言葉を交わすことも怖くてバス停でいつも離れた所に立ってぐったりバスを待っていた。

ある日の帰り、いつものようにバス停に立っていると地元マダムが声をかけてきた。
「ここに座りなさい」
自分の席をズラして私が座れるように空けてくれた。
そのやさしさに、母を思い出す。
笑いながら話しかけてくるマダムの会話が分からなくて、うんうんと笑って私はうなずくだけ。

分からないことがなんだか申し訳なくて、聞けたらいいのに・・・といつも思っていた。
そんなことが何日か続いた。

ある日

またいつものようにバス停でiphoneをいじりながら私はバスを待っていた。

電波が悪くてデザリング元のスマホを確認しようとカバンから出したらマダムは

「あなた!スマホ2台持ってるの?iphoneじゃない!!あなたお金持ってるわね。ちょっと貸してみて」

思いっきり嫌な予感がしたので、断った。

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暫く経ったある日

またいつものようにバス停でiphoneをいじりながら(パズドラ的な)待っていたら、マダムに話しかけられる。
どのバスに乗ったらいいのか迷っている少年が居た。学校でも見たことが無いし新入生かな?

「あの彼、どのバスの乗り方分からないみたい。フランス語も英語も話せないみたい。あなたと同じ学校みたいだから教えてあげてちょうだい?」

私も話せないけど・・・・。
フランス語話せる?と聞いても少年は首を振る・・・。
英語話せる?と聞いても少年は首を振る・・・。(私も話せないけどフランス語よりは話せると思う)
とりあえず少年が持っていた地図と乗り換えが印刷された紙から調べると、私と一緒のバスに乗って終点まで行って乗り換えればいいことが分かった。

「私と一緒にバスに乗ろう。終点まで行けば乗り換えが出来るよ」と言ってみた。
少年は分かっているのか分かっていないのか、私についてバスに乗ってくる。

そのあと、学校の先生がバスに乗ってきたのですべてを任せた(笑)
先生は運転手に「〇〇で彼を降ろしてあげて」と言ってる。
ああ、本当に喋れないんだなぁ・・・。
私一番下のA1だけど、また下にクラスが出来たのだろうか・・・?

午後の授業

私が尊敬している先生の無料授業があるというので、参加してみることにした。
行って見ると、A1は私だけ。
A2~B2の生徒が殆どで、そこにバス停で会った少年が居た。

どうやら彼はB1。
後で聞いた話、「僕は喋れないのになぜかB1に入れられちゃったんだ」と言っていたそう。
授業は私は全然分からなくてちんぷんかんぷんな返答していたけど、彼は質問されたことちゃんと理解して答えていたよ。
きっと引っ込み思案で、自信が無いだけで能力はちゃんとB1なんだよ。
私がバス停で聞いた簡単なフランス語に彼はちゃんと反応していたし、一緒にバスに乗ろうと言った言葉も聞こえていたからついてきてくれたんだ。
でも話すことに自信が無いから首を振った。

ちなみに、その授業の2回目もあったのですが、C1の生徒も登場しあまりの辛さに私は逃亡(笑

そして自分もいつの間にか聞こえていた

学校に行きはじめて3か月後くらい、気づくと私はマダムが話しかけてくる内容を殆ど理解できるようになっていた。

気が付けば、挨拶をして、何気ない会話をして、バスを待つ一時的な地元民の集まりの中にだんだんに溶け込んでいけていた。

前は「外人」と何とか勉強した言葉で会話が出来ても、冗談を言ったり自然と一緒に隣に居て会話するということが私には出来るのか、どんな感じなのか分からなかった。
基本どの国の人も感じることは一緒なんだろうなという結論。
そして、彼らにとっては私も「外人」で、また違う意識を持たれているのかもしれない。
でも、元々フランスは色々な国の人たちが一緒に生活しているせいか、日本人ほど「外人」という意識は少ないのかもしれない。

ホームスティをして家族と生活している留学生のみんなはやっぱり上達が早く、もっと色々な事を早くに感じ取ることが出来ていたのだと思う。

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