【バレンタインデーの原点】鞭で女性を叩く祭り?!SM要素満載だった「ルペルカリア祭」と聖バレンタイン伝説

      2018/01/12 驚き

出典:Wikimedia Commons
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バレンタインデーはなんとなく元は人の名前で、キリスト教の祭りのような感じがしている方が多いのではないでしょうか?

その起源はローマ時代にまでさかのぼり、チョコレートとは全く縁の無いイベントだったのです。
そのイベント内容と「バレンタインデー」と名付けられるまでをまとめました。

 

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起源はキリスト教とは無関係の「ルペルカリア祭」

出典:wikipedia

ルペルカリア祭は古代ローマのお祭りのひとつで「豊饒と繁栄を招く儀式」でした
毎年2月15日に聖地パラティーノの丘で執り行なわれ、1250年も続きました。

現在のバレンタインデーの源流と言われています。

古代ローマの神々である、結婚の女神ユノや豊穣の神マイアを崇拝する祭りである。

出典:wikipedia | ルペルカーリア祭

2月14日は女神ユノの祝日で、翌2月15日は豊年を祈願するルペルカリア祭の始まる日でした。
この神々はキリスト教から見ると異端の神々で、現在のバレンタインデーのようなキリスト教色は全くありませんでした。
このお祭りは民衆に大ブレイク!!

そんな大人気の「ルペルカリア祭」の内容は?

名目は「豊饒と繁栄を招く儀式」だが、実際の内容は「ローマ式強制合コン」「SM要素の入った」男女のイベント。

くじ引きで決まるパートナーとの強制交際

古代ローマでは、若い男女の生活は別でした。
祭りの前日に娘たちは自分の名前を書いた札を桶の中に入れることになっており、翌日に男たちが桶の中から1枚の札を引きました。
札に書かれた女性と引いた男性は、その祭りの間はパートナーとして一緒に居ることになります。
その多くのパートナーは恋に落ち、結婚したのです。
普段会う事のない盛んな若い男女が二人きりになり、恋に落ちるのは速攻でしょう。

鞭で女性を叩く?!

出典:uhem-mesut.com

多産を祈願して半裸になった男性たちが、ヤギの皮でできた鞭で未婚女性たちを叩くという儀礼がありました。
打たれれば安産・多産が約束されると、女性たちは集まって儀礼を望みました。

名目は「安産・多産」ですが、普段目にすることが無い異性同士がいきなりこんな触れ合いをするのは、それはそれは恋に火を付けるようなものだったでしょう。

聖バレンタイン伝説

出典:wikipedia

ローマ帝国皇帝のクラウディウス二世は若者たちは戦争に出たがらない若者に困っていました。
その理由の一つに家族や恋人が大事だからという確信を得た皇帝は結婚を禁止したのです。
キリスト教司祭であるウァレンティヌス(英語読み:バレンタイン)は、兵士たちを憐れみ、結婚禁止令に背いて内緒で結婚式を行い手助けしていましたが皇帝の耳に入ってしまいます。
当時キリスト教は皇帝による迫害下にありました。
ウァレンティヌスは皇帝の命令に屈しず、最終的に処刑されました。
処刑の日はあえてユノの祭日である2月14日に選ばれ、ウァレンティヌスはルペルカリア祭の生贄として捧げられたのです。
西暦270年の2月14日と言われていますが定かではありません。

この伝説により、キリスト教ではウァレンティヌスは守護聖人となり、2月14日は祝日となりました。

ウァレンティヌスのエピソード

  • 結婚したばかりのカップルに、自分の庭の花を摘んで贈った
  • 監獄に居た時、目が見えない娘の看守と親しい関係になりました。
    ウァレンティヌスが娘の為に祈ると奇跡的に目が見えるようになり、娘の家族はキリスト教に改宗しました。
    それを知って怒ったクラウディウス二世によりウァレンティヌスは処刑された。
    死ぬ前にその娘宛てに「あなたのバレンティヌスより」と署名した手紙を残したことから、2月14日は愛を伝える日として伝わるようになり。男性が好きな女性に愛の気持ちを綴った手紙を2月14日に出すことが広まっていきました。


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ルペルカリア祭の廃止

西暦313年、ローマ皇帝コンスタンティヌス1世はキリスト教を公認しましたが、その後祭は150年続きました。
キリスト教が定着し、異教の要素を排除したい流れと、性的な乱れを助長しているという理由で西暦5世紀、ローマ教皇ゲラシウス1世により廃止されました。
ですが民衆に大人気のイベントを廃止するには難しかったのです。

その為、キリスト教は聖人ウァレンティヌスの伝説と結び付けて「男女の祭り」という特色を残し「バレンタインデー」に変わったのです。

くじ引きの札には女性の代わりに聖人の名前を引かせ、1年間その聖人に習った生き方をするという事を応援する、という内容に変わりました。

 

これらの言い伝えが真実なのか、強制合コンやSMイベントを神聖化するための脚色だったかは分かりません。

色々な諸事情はともかく本来のバレンタインは男性から女性に何かしらの贈り物をする日だったのです。

それが何故?日本では女性が男性にチョコレートを渡し、愛の告白をするようになったのでしょうか?

日本のバレンタインはお菓子業界の販売促進戦略だった

女性が男性にチョコレートを贈るのは日本独自の習慣で、1958年頃から流行し、流通業界や製菓業界によって販売促進のために普及が試みられたが定着したのは1970年代でした。
日本独自の特徴は「女性から男性に贈るのが殆ど」「贈るものの殆どがチョコレートに限定されている」「女性の愛情表現の機会と認識されている」ということで、キリスト教とも直接関連のある内容は意識されていません。
バレンタインデーにチョコレートを渡すのがいいのではと最初に考案して実践したのは、色々な説があります。

  • 1936年2月12日 モロゾフ製菓説
    「あなたのバレンタイン(=愛しい方)にチョコレートを贈りましょう」という広告を打つ
  • 1958年2月 製菓会社メリーチョコレートカムパニー&伊勢丹説
    伊勢丹新宿本店で「バレンタインセール」というキャンペーンを行う
  • 1960年 森永製菓説
    森永製菓が「愛する人にチョコレートを贈りましょう」と新聞広告を出す
  • 1965年伊勢丹説
    バレンタインデーのフェアを開催
  • 1968年 ソニープラザ説
    ソニー創業者の盛田昭夫は、1968年に自社の関連輸入雑貨専門店ソニープラザがチョコレートを贈ることを流行させようと試みたことをもって「日本のバレンタインデーはうちが作った」としている

神戸モロゾフ製菓の本店があった、最寄り駅の阪神御影駅南側の広場は2013年に「バレンタイン広場」として整備され、聖バレンタインゆかりの地とされるテルニ市からの「お墨付き」を得ています。

まとめ

海外ではバレンタインデーは男性から女性へ贈り物をするのが通常の習慣です。
でもとにかく「愛の日」であることは変わりがないことです。
フランスでは男性は女性にバラの花をプレゼントし、ディナーをしたり女性が主役の日です。
男性の方は逆に女性にプレゼントやディナーをプレゼントして驚かせてみたり、女性の方も彼にこのエピソードを話して刺激のあるバレンタインデーを過ごしてみるのは如何でしょうか?!

 

参考

wikipedia | ルペルカーリア祭
wikipedia | バレンタインデー
wikipedia | ウァレンティヌス
ナショナルジオグラフィック|バレンタインデー:ルーツと愛の科学
ファミリー・インターナショナル|バレンタイン・デーの由来(起源)

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